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   <title>韓国留学～３０代の短期語学留学～</title>
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   <updated>2011-10-20T11:27:59Z</updated>
   <subtitle>むかし愛した女性が韓国人女性だったことをきっかけに韓国に強い興味を持った。韓国のことを知れば知るほど腹が立つことはあったけれど、それとは反し韓国への興味は色あせることがなかった。その一番の理由は、今なお私の心の中に存在する元カノへの愛情なのではと思う。再会できるかわからない元カノといつか韓国語で話しがしたい、元カノの生まれ育ったソウルを肌で感じたい。そんな思いから男３０代にして韓国留学を決意。これから韓国へ留学される方へ少しでも役に立つ情報を公開していきたいと思います。 </subtitle>



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   <title>Mちゃん帰国後、久々にチャットをした</title>
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   <published>2011-10-18T15:53:19Z</published>
   <updated>2011-10-20T11:27:59Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年１０月１６日（日） Mちゃんが帰国してから５ヵ月半が過ぎた。 その間...</summary>
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２０１１年１０月１６日（日）

Mちゃんが帰国してから５ヵ月半が過ぎた。
その間、Mちゃんと連絡を取り合ったりはしていなかった。

帰国したのを知らずにカカオトークへメッセを送ったのだが、そのメッセがいつしか既読となりソウルでも日本で使っていたスマフォを使っていることがわかった。
良く考えたら無線ランさえあればスマフォは電話としての機能は使えなくても、その他の機能は使えるのだから何ら不思議ではなかった。

Mちゃんの誕生日（7/2）にメッセージを送ったが返事をもらえなかったのでソウルが大雨だと知った時、Mちゃんへメッセージを送ることに躊躇してしまった。
でもMちゃんに何か被害があったかもしれないので７月２７日（水）カカオでメッセージを送った。
返事など全く期待していなかったが直ぐに返事が返ってきた。
「こっちは何の被害もなく無事です。心配してくれてありがとう。」と。

返事をもらったことで「やっぱり、俺のことを完全に否定はしていない」と確信が持て何だか少し気が楽になった。

９月５日（月）Mちゃんの日本で使用していたカカオトークのコメントが「カカオトークは韓国の携帯へ」に変わったのを知った。
私は調子に乗って「念のため番号教えておいてよ。」とメッセージを送った。
私はMちゃんの韓国の携帯番号を知らないので、このようなメッセージを送ったわけだが、当然返事はなかった。Mちゃんと普通の関係になるにはまだまだ時間がかかるなと思った。

最近になってMちゃんがMSNでオンラインになっていることが多いなと思うようになった。
私は昔ほどオンラインになっていないので、実際は私が知っているよりMちゃんはオンラインになっているのかもしれない。

１０月１６日（日）の午後オンラインになると既にMちゃんがオンライン（退席中）だった。
Mちゃんがオンラインになることが多くなるということは、私にとってチャンスが来たというシグナルでもあることと、ちょうどソウルへ１２月に行くことになりそうだったので、そのことをネタにMちゃんに声をかけてみた。しかし、返事はなく、私のほうが先にオフラインになった。やっぱり、まだ普通にはなれないのかと再度思った。

そして、同じ日の夜にオンラインになってみると、ちょっとしてからMちゃんがオンラインになった。
昼間に返事をもらえなかったので、何だかモヤモヤしていたのでダメ元で声をかけた。
「帰国してから５ヶ月経ったけど元気にやってるの？また痩せただなんて嫌だよ。」と。

すると、短いながら返事をくれた。
こんなチャンス滅多にないと思い会話を続けようと再度声をかけた。
Mちゃんは意外と返事をくれ、最後は私が切り上げ結局４０分ほどチャットをした。
私が切り上げなければ、まだまだチャットは続いていたと思うが、既に遅い時間だったのでMちゃんに早く休んでもらいたいと思う気持ちでそうした。Mちゃんからすれば、それは余計な気遣いだと思ったかもしれないが、程ほどで切り上げて良かったと思う。

チャットを終えて、何だか幸せな気持ちになった。
Mちゃんと再会し会っていた時のような幸福感で一杯だったと共にMちゃんは私を否定していないのだと強く思った。そして私の心はまだMちゃんに支配されているのだと感じた。

私が「お休み」というとMちゃんも「お休み」と言い直ぐにオフラインになってしまった。
直ぐにオフラインになったことで、「ながらチャット」ではなかったと思った。
なので、余計Mちゃんとの今回のチャットは嬉しいものだった。

「１２月にソウルへ行くので会おうね」と言ってもMちゃんから積極的な発言を聞くことはできなかった。しかし、「お土産に有名なバームクーヘンを買って行くから、そしたらカフェで一緒に食べよう」と言うと、Mちゃんは「わかった」と言ってくれた。
私はこの発言をプラスに考え１２月に会えるのではと思った。

まだ２ヶ月先のことなので実際どうなるのかわからないがソウルで会える可能性がでてきた。

続く・・・

      
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   <title>何も言わずに帰国したMちゃんの真意</title>
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   <published>2011-10-16T15:45:04Z</published>
   <updated>2011-10-20T11:26:22Z</updated>
   
   <summary> 私には何も言わずに帰国したMちゃん。 そこには何か意味があったのか？？？ 一つ...</summary>
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      <![CDATA[
私には何も言わずに帰国したMちゃん。
そこには何か意味があったのか？？？
一つは既に<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story66.html">記事に書いてある</a>ことだが、最近他にもあったのではと思った。

奇しくもMちゃんの誕生日に福島県で被災した犬（モモ）を一時預かりをした。
モモと一緒に暮らし３ヵ月半が経った時、ボランティア団体からモモが福島へ帰る日が決まったと連絡があった。しかも帰る日は、数日後だった。

私は電話を切った後、寂しさに襲われ自然と涙が溢れてきた。
まだまだ一緒にいられると思っていたし、飼い主からは一度も連絡がなかったので、このまま我が家の家族になって良いとさえ思っていた。

モモが帰る日までの数日間、モモのことばかり考え、なるべく一緒にいるようにした。

もしMちゃんが事前に帰国日を知らせていたら、Mちゃんが帰国する瞬間まで私は他のことが手につかなかったかもと、今回モモの件でそう思った。

Mちゃんがそういった状況になってしまうと予想し、私に何も言わずに帰国したのかもしれない。
ただ普通に考えたら、Mちゃんはそこまで考えていないと思うが・・・

Mちゃんが意図的、意図的じゃないにしても、結果的にMちゃんの帰国日を知らせてもらわなかったおかげで、モモの時のような状況にはならなかった。

何も言わずに帰国した真意は、本当のところはMちゃんにしかわからない。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story68.html">続く・・・</a>

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   <title>８年間の想いに一つの区切り</title>
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   <published>2011-06-21T13:23:57Z</published>
   <updated>2011-10-16T15:36:28Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年６月２１（火） Ｍちゃんと初めて付き合ったのは２００３年１月でした。...</summary>
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      <![CDATA[
２０１１年６月２１（火）

Ｍちゃんと初めて付き合ったのは２００３年１月でした。
それから、Ｍちゃんとは２度付き合い、そして去年３年８ヶ月ぶりに再会しました。

再会後は数回会った後、Ｍちゃんと会うことはありませんでした。
今まで記事で書いてきた通り、Ｍちゃんの気持ちがドンドン離れて行ってしまいました。

ＧＷ前までは、私の連絡には、返事をくれていましたがそれ以降返信をくれることはありませんでした。結局、２月に会ったのを最後に会うことができず、Ｍちゃんは１０年住んだ日本を離れ完全に帰国してしまいました。

帰国したことは、Ｍちゃんから聞いたわけではありません。
Ｍちゃんが完全帰国する前兆を感じることはいくつかありました。

５月２６日（木）カカオトークのメッセージに「お世話になりました」と書いてありました。
そのメッセージは、Ｍちゃんの友達リストの人全員に公開されます。
私は直ぐに「お世話になりましたってどうゆう意味？完全帰国が決まったってこと？何も言わずに帰らないでね。」とカカオトークでメッセを送りました。メッセを送る前には、Ｍちゃんが仕事中なのもお構いなしに電話もしてしまいました。もちろんMちゃんは出ませんでした。
この日の午前中（１１時２１分受取り）にＭちゃんへちょっとした物を送りました。Ｍちゃんの写っている写真で作ったＭちゃんの１０年の軌跡のフォトブックとＭちゃんの名前入りお箸です。
私からのプレゼントを受取った直後くらいにカカオトークに既述のメッセージが表示されたわけですから、何か意味があるとしか思えませんでした。

６月１１日（土）ホットメールにログインするとＭちゃんの更新履歴が目に飛び込んできました。
それを見た瞬間、私の心臓の鼓動は急に早くなりました。
何が更新されたのか良く見てみると、日本人の苗字で作られたフォルダーがアップされていました。その中にはホームパーティーらしき写真が入っていました。
Ｍちゃんのお別れ会なんじゃないかと私の頭をよぎりました。

でも、もし帰国が決まっているのなら、必ずＭちゃんは最後に連絡をくれると信じていたことと、カカオトークがまだ使われているようだったので、日本の携帯電話は解約していないと思いました。

しかし、そのいずれも違っていました。

６月２０日（月）Ｍちゃんのフェースブックをみたら、勤務先が韓国の会社名に変わっていました。
そして、今日（６月２１日）Ｍちゃんの携帯に久しぶりに電話をしてみると既に使われていませんでした。

Ｍちゃんは、何も言わずに完全帰国してしまいました。

４年前も何も言わずにＭちゃんは別れを選択した。元来Ｍちゃんは物事をはっきり言うタイプだ。なのに、なぜ私にはちゃんと言ってくれないのかと考えた。

僕らの関係は、単に友達とか元恋人とかという言葉で簡単に表現ができないと私は思っている。
もし私のことが嫌いなら、とっくにwindows メッセンジャーで禁止メンバーにしていると思う。
写真をホットメールにアップすれば、私が見ることは分かっているはず。
完全に私を拒否するなら、写真をみれるようにはしないと思う。
Ｍちゃんも１２年前バンクーバーで知り合った私とは、これからは友人として付き合っていけたらという可能性を残したいからこそ、windows メッセンジャーで禁止メンバーにしたりしないのだと思う。

４年前、自然消滅した当時のＭちゃんは、「根拠はないがいつか再会するだろうと思っていた。」と私に再会後言っていた。でも私が当時ソウルから送った手紙に「さようなら、Ｍちゃん」と書いたので、もう会うことはないんだと思ったらしい（私がそう選択したなら、それはしょうがないことみたいだ）

Ｍちゃんと再会し数回会った後「別れてからだいぶ時間が経っているので大丈夫だと思った」とＭちゃんが言っていた。その意味を私は、友達として付き合って行かれるのではとＭちゃんは思い再会をしてくれたと理解した。

しかし、いざ再会し何度か二人で食事をしたりすると結局曖昧な関係になってしまった。
だからと言って、Ｍちゃんは私と寄りを戻す気はない。
ある２月の深夜、車内でＭちゃんは、「私的には、同じ理由でわかれているから・・・・」と言った。
「・・・・」の部分をはっきりとは言わなかったが、それがＭちゃんの答えで、分かって欲しいというシグナルだったのかもしれない。その時、私はＭちゃんがそう思うのは当然だと思っていたので、Ｍちゃんと今後の付き合い方として、食事をしたり、外出したりする、そうゆう関係を半年なり１年なり続けたいと言った。その過程で私という人をもう一度見て欲しかった。

でも、私は一つ大きな失敗をしてしまった。
Ｍちゃんに対する会いたいという欲求を強く感じさせてしまったこと。
それと、今年はＭちゃんにとってターニングポイントな時期で色々と考えないといけない年だった。正直心にゆとりはなく、恋愛どころではなかったことも時期的に良くなかったと思う。

もしＭちゃんとバックグランドがあまりなかったら、他の男性のようにオブラードに包まずハッキリと思ったことを言われていたと思う。（実際過去の男性にはハッキリ言っている）

Ｍちゃんに普通に接してさえいれば、また違う展開になっていたかもしれない。
そう思うととても悔やまれる。


<strong>今までのＭちゃんの行動で判断すると私を完全に拒否しているわけではないように思う。正直言えば、ちゃんと俺に帰国すると言って欲しかった。
でも、私に帰国することを言ってしまうと、私が何かアクションを起こしてしまうかもと思ったかもしれません。そのアクションのせいで彼女が完全に心を閉ざしてしまう恐れがあるのなら、今はそっと帰国し、いつか本当の友達として再会できればいいのではと考えてくれたのではと思います。
なので、何も言わずに帰ってしまったことは残念ですが、決して彼女に心がない人だとは思っていません。 </strong>


これからＭちゃんとの関わり方は、自然に身を任せようと思う。
私からあえて「さようなら」を言う必要はないと思う。また時間が経てば、普通に再会できる日がやってくると思う。その時、お互いが幸せなら、その時こそ長年来の友人として付き合って行かれるのではと思う。
その日がやってくるのかはわからない。でも、それがＭちゃんの求めているもののように思う。
今の私はMちゃんが他の男性と幸せになることを心から祈ることはできないが、いつかそう思えるようになりたい。そしてMちゃんと同じように思えるようになれたらと思う。

４年前、自然消滅した時は、３年～４年の時間をかけさえすれば、再会できるのではと淡い期待があったが、今回は、そんな期待を感じるよりも「ようやく終わった」という気持ちのほうが大きいかもしれない。

Ｍちゃんは、かれこれ８年間も私の心の中に存在した。
無意識の内に私は、Ｍちゃんとのことで疲れていたのかもしれない。だから、「ようやく終わった」と感じているのかもしれない。だから、今回は３年～４年の時間をかけて、再会を夢見て生きていこうと言う気持ちが湧いてこないのだと思う。

もうじき、Ｍちゃんの誕生日がやってくる。
その時、最後のメールを送ろうと思う。決して別れのメールにするつもりはない。最後は、Mちゃんの幸せを祈り締めくくりたいと思う。そして、いつかお互いが幸せになった時、気軽に連絡を取り合える関係になれる可能性を残しておきたいと思う。

人によっては、８年間Ｍちゃんのことだけを想い続けたことを時間の浪費だと思う人もいるかもしれない。でも、私は一途な男です。私にとってこれがベストなことだったとそう思いたい。

今、この記事を書いていて、８年間のことを回想すると涙が止め処なく流れてくる。

少しだけ、少しだけ休憩して、１歩前に進むもうと思う。
私も幸せになりたい。結婚し子供を授かり楽しい家庭を築きたい。

Ｍちゃんが、仕事がうまく行くよう、毎日を楽しく過ごせるよう、そして心身ともに健康であるよう、最後に素敵な男性が現れ暖かい家庭を築けるよう、日本の地で祈っています。

最後に直接言いたかったこと、言わせてください。

Ｍちゃんのこと、心から本当に本当に愛しています。
Ｍちゃんが帰国する前は、Ｍちゃんに対する想いは、本当の愛なのか、それとも単に執着なのか、はっきりわからない時もあった。
でもＭちゃんが帰国してしまって、それは執着ではなく、本当の愛だったと強くそう思いました。だから、Ｍちゃんには幸せになってもらいたいんです。
いつか結婚の報告を聞いた時、心から祝福できる心の広い大きな男でありたいと思います。

Ｍちゃん、今まで本当に本当にお疲れ様でした。
８年間想い続けられる女性に出会えた俺は本当に幸せ者だと思います。
君と出会えて本当に良かった。知り合ってから１２年間付き合ってこれたことも、ある意味奇跡かなと思います。今まで良い思い出を本当に本当にありがとう、Ｍちゃん！

またいつか、どこかで笑って再会できる日を願っています。


from A

～ 完 ～

私の好きな詩です。

Your Name（貴女の名前）

"I wrote your name in the sky, 
貴女の名前を空に書いた 

but the wind blew it away. 
でも風がそれを吹き消してしまった。

 I wrote your name in the sand, 
貴女の名前を浜辺に書いた 

but the waves washed it away. 
でも波がそれを消し去った 

I wrote your name in my heart, 
貴女の名前を私のハートに書いた 

and forever it will stay. 
そしてそれは永遠に残るでしょう" 

by Jessica Blade
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   <title>Ｍちゃんの気持ちがドンドン遠ざかる・・・</title>
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   <published>2011-04-16T06:02:10Z</published>
   <updated>2011-04-16T18:17:43Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年４月１１日（月）～ 久々にＭちゃんへメールをしてみた。 まず最初は、...</summary>
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２０１１年４月１１日（月）～

久々にＭちゃんへメールをしてみた。
まず最初は、スマートフォンで使えるカカオトークというアプリからＭちゃんへ韓国語で２回メールした。本当は１度のはずだったけど、夕方大きな余震があったので地震に関し送った。

１通目：

久しぶり！元気してた？
携帯変えました。スマートフォンは本当に便利だね。
カカオ友達よろしく。

２通目：

さっきの余震でヘルメット被った？kkk

Ｍちゃんのメッセンジャーの写真がヘルメットだったので、それにかけた内容にした。

カカオトークで送ったメッセージは、相手が読んだかどうかがわかるが、午前中に出したメールは、夜になって読まれた。

で、２２時過ぎにＭちゃんから返事が届いた。

今日は何回も揺れたね。
酔っちゃうよ。とてもストレス。

まぁ、Ｍちゃんの返信内容はともかく、返事を期待していなかっただけに嬉しかった。

Ｍちゃんと会いたいのだけど、再会した直後のように「気軽に会おうよ」と言える雰囲気ではないので、どうやって誘えばいいのか、またどのタイミングでメールをしたら良いのか全く分からなかった。１６日（土）は天気が良かったので、ふとＭちゃんへメールしてみようと思いカカオトークでメールをしてみた。

「ＧＷは韓国へ帰るの？」とメールをすると、「帰るよ」と一言だけで返事が返ってきた。
続いて、「ＧＷ前に散歩かご飯でも食べようよ」と送ると「平日は忙しいし、週末は予定が入ってる」と気のない返事。

返事を直ぐにくれた、その点は評価したいところだが、返事の内容に全く心がこもっていない感じがする。元来、Ｍちゃんは嫌なものは嫌とハッキリいうタイプだし、全く会いたくない人なら返事はしないだろう。なので私のことを完全に拒否している状態では、まだないように思う。

ただ友達のＨさんに言わせれば、今は会いたくないけど、一応念のため返事をすることでキープしているように思えると言っていた。そう思われても仕方ないとは思う。特に私とＨさんは論理的（男性なので）に物事を考えるので、尚更そんな風にＨさんは感じてしまうのだと思う。Ｍちゃんのように感覚的に生きる人の気持ちを理解するのは僕らには難しい。

私は超ポジティブに考え、Ｍちゃんとのバックグランドは１２年くらいになるので、Ｍちゃん的に現時点で復縁をすることは考えていないが、１２年という歴史をスパッと切ることができないのではと。彼氏としての可能性はないけど、良い友達として続けていけたらと考えているのではないかと考えてしまう。最近知り会い、いい寄ってくる男性だったら返事はしないだろうと思う。

再会した当初は、私の誘いに好意的に乗っていたように思えたが、急に何があったか考えてしまう。ただテンションが下がったから？それとも、再会後、私と数回会い私と可能性があるのかどうか見極めていたのか？

Ｍちゃんというビタミンを補給できない状態は辛いがしばらくまたＭちゃんへの連絡は控えようと思う。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story66.html">続く・・・</a>
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   <title>復縁の難しさ～気持ちを新たに～</title>
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   <published>2011-04-01T14:18:22Z</published>
   <updated>2011-04-15T17:24:28Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年４月～ 最近、Ｍちゃんの態度が素っ気無くなってきたように思う。 再会...</summary>
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２０１１年４月～

最近、Ｍちゃんの態度が素っ気無くなってきたように思う。
再会して３ヶ月ちょっと、再会したばかりの頃は、Ｍちゃんの気分も盛り上がっていたのか私からの連絡に対して反応は良かった。私はずっとそれが続くと信じ願っていた。

元々僕らは２回付き合い、別れている。Ｍちゃんからすれば同じ理由で別れている。なので、３回目の復縁は普通に考えたら相当難しいはずである。

でも、Ｍちゃんは再会をしてくれた。だから私は少し調子に乗っていたのかもしれない。
あまりにもＭちゃんの反応が良かったので私は勘違いし、Ｍちゃんへ彼氏のような接し方をしてしまったのかもしれない。それがＭちゃんにとって重く感じてしまったのかもしれない。

復縁し結婚したカップルは正直少ないと思うけど、可能性はゼロではないと思う。復縁し結婚までの道のりは険しいと思うが、それを成就するにはＭちゃんを本気で愛しているという「強い情熱」しかないと思っている。一時的な情熱ではなく、継続した情熱、そしてその先に復縁があり結婚があるのだと思う。

正直Ｍちゃんの態度や言動で気持ちが萎えてしまうことはある。
でも、やっと奇跡的に３年８ヶ月ぶりに再会できたこのチャンスを逃したくない。

再会して１月と２月はメールの反応は良かったけど、これからはＭちゃんの返事を期待するのはやめようと思う。あと会いたい、会いたいとＭちゃんの負担になることを頻繁に言うのはやめようと思う。

結局３月は会うことができなかったが、これは良い冷却期間と考えたいと思う。

Ｍちゃんから「あなたとの復縁は無理」と言われるその日まで諦めず情熱を持って頑張ろうと気持ちを新たにしました。

続く・・・

      
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   <title>Mちゃんの心が遠ざかっているような・・・</title>
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   <published>2011-03-27T20:58:28Z</published>
   <updated>2011-04-12T02:13:23Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年３月１１日（金）～ 人生で初めての経験となる大きな地震が起きた。 私...</summary>
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      <![CDATA[
２０１１年３月１１日（金）～

人生で初めての経験となる大きな地震が起きた。

私は地震直後の１４時５５分にMちゃんの携帯へPCからメールをした。

タイトル：大丈夫？
大丈夫だよね？
こんな大きい地震生まれて初めてだ。
余震があるかもしれないから気を付けて！

地震の影響でメールが直ぐに届かないことは予想されたし、何か混乱が起きているかもしれないので即レスは期待していなかった。ただMちゃんに何も問題がないことだけ知りたかった。

もしかしたらメールがちゃんと届かないかもしれないと思い、１６時３７分にMちゃんのPCへメールをした。

タイトル：大丈夫？
携帯メール届いてないみたいだし、携帯繋がらないみたいなので
心配なのでPCにメールしました。
何も問題ないよね？何も問題なければOK!!!
人生でこんな揺れ初めて。Mちゃんも来日１０年で初でしょ。
まだ余震がありそうなのでお互い気をつけましょう！

結局Mちゃんから返事が来たのは１９時２４分だった。

タイトル：Re: 大丈夫？‏
こっちは大丈夫。気をつけてね。

何だか心のこもっていないシンプルな内容だった。
私は１９時５２分に返事をした。

タイトル：RE: 大丈夫？
良かった^^
問題なく帰宅できそう？

テレビで電車が止まり帰宅難民がたくさんいることを知り、Mちゃんが問題なく帰宅できるか心配になりメールをしたのだ。でも返事は来なかった。メールが直ぐに届いていないのだろうと思った。

２２時１０分、友人を迎えに行く途中Mちゃんに電話したが、でなかったので携帯からメールをした。

タイトル：無事帰れた？
友達を迎えに行く途中だけど帰宅難民すごいね。

結局、Mちゃんからは最初のメールに対する返事しか来なかった。
すべてのメールが届いていないということは考えられなかった。どうして返事をくれないのだろうか考えてしまった。

翌日１３日（土）、Mちゃんへ電話した。携帯電話からMちゃんの携帯電話にしたのだが地震の影響で繋がらなかった。試しに固定電話からかけてみるとなぜだか繋がった。

数回のコールでMちゃんはでた。とってもか細い声で生きているのか死んでいるのかわからない感じの声だった。

地震当日は、１６時には退社しタクシーで問題なく帰宅できたそうだ。
無事に帰宅できて良かったと思ったが、せめて無事に帰宅したという返事が欲しかった。

大きな地震を初めてお互い経験したので、私は「大丈夫だった？」とか「会社はパニックって大変だった」とか、何か地震についてＭちゃんから自発的な発言を期待していた。
Ｍちゃんは、地震当日何も問題なかったし何でそんなことで心配してるのとでもいう感じの態度に思えた。

でもＭちゃんは、私からの質問に簡潔に答えるだけで、何だか早く電話を済ませたい感じを受けた。そんな状態にもかかわらず、私はＭちゃんに来週後半に会おうよと誘った。
最初は気のない返事で「う～ん」と答えたように思えたが、電話を切る直前に「じゃー来週後半ね」と再度聞いてみると「何が？」と言われ、「会うことだよ」というと「まだわからない」と言われてしまった。

私には電話を切るという選択しか残っていなかったので「また連絡する」と言い電話を切った。
Ｍちゃんは、か細い声については、「眠いから」と言っていた。
超超ポジティブに捉えれば、それだけ私に心を許している証拠だと思えなくもない。
だが普通に考えたら、Ｍちゃんにとって私はさほど重要な存在ではないと考えるだろう。更に地震当日にメールや電話をしているにもかかわらず、１度目のメールにしか返事をくれないわけだから。Ｍちゃんとの歴史がなければ、「なんだ、この女」って思い、２度と連絡しないだろう。

電話を切った後、しばらく連絡するのはやめようと思った。

翌日３月１３日（日）の夜、計画停電が月曜日から始ることを知り、連絡するつもりはなかったが、きっとＭちゃんは知らないだろうと思い、計画停電についてのみメールした。

メールして３０分後、Ｍちゃんからお礼の返事が来た。

タイトル：Re: 明日からの停電について‏
情報、ありがとう。お湯が出なくなったら、もっと大変かも。
Ｍ

正直、ありがとうメールが来てホットしたし、嬉しかった。
まだ完全に心を閉ざされていないと思えたからだ。

Ｍちゃんへしばらく連絡しないというのは、一体どのくらいが適正なのかなど全くわからない。あまり空け過ぎるとダメなように思うし、その程度をはかるのが難しい。

そこで、しばらく３つのＮＧメールを考えてみた。

お誘いメールＮＧ
近況近況報告ＮＧ
質問メールＮＧ

３つもＮＧがあるとなかなかＭちゃんへメールする内容はないが、しばらくこのＮＧを守っていこうと思う。あと、返事も毎回期待はしないよう心がけようと思う。

ＮＧメールを意識し３月１８日（金）の夜にお疲れ様メールを送った。

タイトル：１週間お疲れ様でした。
業務がうまく進まなかったり、色々と不便が続くと思うけど頑張って。
放射能の問題と不安もあると思うけど東京は大丈夫だから安心して。
家族には十分な情報を伝えて少しでも不安を取り除いてあげてください。

もちろん、返事はなかった。

Mちゃんの心が段々遠ざかっているように思えてならなかった。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story64.html">続く・・・</a>

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   <title>再会後、初めてMちゃんが切れた</title>
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   <published>2011-02-26T16:55:49Z</published>
   <updated>2011-04-12T02:03:02Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年２月２３日（水）～２７日（日） 今週末は、Mちゃんが韓国出張だったた...</summary>
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２０１１年２月２３日（水）～２７日（日）

今週末は、Mちゃんが韓国出張だったため会うことができなかった。
今回の出張は急に決まったようで羽田発のチケットを購入できず早朝の成田発で行くことになったようだ。

２３日（水）出張前夜の２２時ちょっと前に「モーニングコールしてあげようか？」とメールをした。返事くらいは期待していたが、結局その日には返事はこなかった。相手がMちゃんだからか返事を直ぐにして欲しいといつも期待してしまう。それで、返事が来ないといつも気分が落ちてしまう。
きっと朝が早いのでもう寝てしまったのだろうと思うことにした。

翌早朝、ボーディングする直前にMちゃんから返事がきた。昨日は遅く帰宅しあまり寝れなかったことと、メールには今、気が付いたと。返事をくれたことは嬉しかったけど、何だか言い訳にしか思えなかった。帰宅が遅かったということは、携帯をチェックする機会は何度でもあったように思うしなと自分に置き換えるとMちゃんの発言はやっぱり言い訳にしか聞こえなかった。
でもMちゃんがそう言っているのだから、そのことを突っ込んでもしょうがないので、軽く「行ってらっしゃい」と返事をした。

Mちゃんがソウル滞在中に日常的な軽い内容をソフトバンクのショートメールで送った。
このメールに関しては返事を期待していなかったが、Mちゃんが帰国した時に「帰ってきたよメール」を期待した。再会して２ヶ月ちょっとが過ぎたがMちゃんから自発的なメールをもらったことは皆無だったので、そういったメールを期待した。

これも当てはハズレMちゃんからのメールはなかった。やっぱり、私のことは基本頭にあまりないんだなと改めて思った。

１８日（金）に会った時、再度お泊りをしようと提案した。Mちゃんはお泊りに関し拒否はしないものの、２週間先のことだったので出張から帰ったら決めようとお茶を濁すような感じで言った。私はMちゃんがそのことを頭に留めてくれればそれで良かったので、「そうだね」と同意した。

２７日（日）の午後１時半ころMちゃんへ電話した。１０回以上コールするもでない。最近、日曜日の完全オフの時は、電話にでないことが多くなった。（結局、翌日電話にでれなくてごめんねとメールがある）

１時間後、Mちゃんからメールがあった。起きたばかりのようで、メールの最後に「これからお風呂」とあった。暗に私に電話してこないでとネガティブに受け止めてしまった。

もう一度３時半過ぎに電話するもMちゃんは電話にでなかった。最後と思い５時半過ぎに「電話のできるときにちょうだい」とメールをした。

すると３０分後ようやく反応があり、「どうしたの？」とメールが届いた。
そんなに電話で話したくないのかなと思いつつ、ホテルの件を約束したかったので電話した。

電話にでたMちゃんは、やはり疲れた感じの声だったがいつものMちゃんに思えた。
疲れているのはわかったので週末のことだけ確認し電話を切るつもりだった。

すると、週末は金曜日から韓国から友達が遊びにくるということで会えないと言われた。Mちゃんと完全に会う約束はしていなかったけれど、お泊りの件があったわけだから少しは私のことも考えて欲しいという気持ちだった。もし「ごめんね。友達が来ることになったから会えなくなった」とでも言われていれば気分は悪くならなかったかもしれない。

私は「またしばらく会えないじゃん」とつい不満を言い、更に翌週の約束を取ろうとした。
これに対してMちゃんが切れた。「そんなに毎週会わないとダメなの？そんなにいつ会えるの？と言われると責められているようでストレスだ」と言った。

私は責めているつもりはないけれど、Mちゃんとこのことについて話してもいいことはないので「わかった」と言って電話を切った。

過去も今回もそうだけど、Mちゃんの物の言い方で私の受ける印象はだいぶ違うものになる。
切れたりせず、私のことも少しは考えているニュアンスを含め、ちゃんと説明をしてくれれば良いのになといつも思う。例えば、今回で言えば上記に書いた感じだ。Mちゃんにこのことを望むのは無理だろうなと改めて思った。

この程度のことで感情的になり切れてしまうMちゃんは心に余裕がないんだろうと思う。

後日、友人二人（男女各１人）に今回のことを話すと、二人とも私の行動はうざいと言われた。
ガツガツ行くなと言われてはいたが、私のガツガツの定義が間違えていた。週１ペースで会うことは、完全なガツガツのようだ。

これからは、少しペースを落としてMちゃんと接しようと思う。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story63.html">続く・・・</a>

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   <title>Ｍちゃんと銀座で普通にお食事</title>
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   <published>2011-02-18T01:02:32Z</published>
   <updated>2011-04-12T01:50:30Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年２月１８日（金） Ｍちゃんと約３週間ぶりにあった。 ２月はＭちゃんの...</summary>
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２０１１年２月１８日（金）

Ｍちゃんと約３週間ぶりにあった。
２月はＭちゃんの仕事の関係や私の急な私用でなかなか会うことができなかった。

Ｍちゃんは連休中に韓国の本社へ提出する履歴書を書いていたようだ。Ｍちゃんにとって今後の人生を左右する大事な書類になるので気合を入れて考えていたのだと思う。

私はというと伊豆長岡でお通夜と告別式に参列していたので会いたくてもＭちゃんに会えなかった。

連休が終わりＭちゃんへ「週末会いたい」とストレートにメールをした。
すると、Ｍちゃんは明確に「金曜日か土曜日のどちらかに会いましょう」と返事をくれた。

で、結局１８日（金）に会うことになった。

事前に銀座にある「かわらや kawara‐ya 銀座」を予約しておいた。直前ということでお目当てのお店はどこも満席で予約することができなかった。

お店で通されたのはソファー席のある半個室だった。夜景が綺麗なわけではなかったがＭちゃんとゆっくりできる点でとても良かった。

伊豆長岡で買って来たご当地キットカット（わさび味）とミニサイズの数種類のお塩セットをお土産としてＭちゃんへあげた。

キットカットをあげた時に「俺にはチョコレートないの？」とＭちゃんへ聞いた。すると、Ｍちゃんは「何のこと？」と言った。私は「バレンタインデーのチョコレートだよ」と言うと、「あ～ないよ。ごめんね。もう何年もバレンタインデーなんてしてないよ。」と言われてしまった。私は「会社の義理チョコとかあげないの？」と聞くと会社にそうゆう習慣がないようで誰にもあげていなかった。

何年もバレンタインデーをしてないというのは、どうゆうことかと考えた。私と別れて２０１１年を含めて４回バレンタインデーがあった。チョコレートをあげていないということは、少なくとも２月の時期に彼氏がいなかったという推測ができる。いてもいなかったとしても、どっちでもいいことだが・・・

ソファー席だったので、Ｍちゃんの肩に手をまわしたりするとＭちゃんはあまり良しと思っていないみたいで、軽く抵抗した。「どうしてイチャイチャするの？」とまで言われてしまった。
仕事でピリピリしているのか、トゲトゲしい感じのＭちゃんだった。

翌週のアポでも取れたらいいなと思っていたら、ソウル出張があるようで無理だった。よく考えたら、コンスタントにソウルに行っているので、遠距離している彼氏のような存在がいるのではと頭をよぎってしまった。

普通に食事をし、普通にお酒を飲み、私の終電が迫っていたので帰ることにした。
お会計をした後、お互いトイレに行き、Ｍちゃんがでてきた時、キスを迫った。最初抵抗していたＭちゃんだったが観念したのか軽くキスをしてくれた。キスをした後に、俺はまだまだ子供だなと思ってしまう。何もしないですんなり帰る日があってもいいのに、いやむしろその方が良いとおもうのにそれができない自分にそう思う。

私は終電ギリギリで帰ることができ、車内でＭちゃんへ帰ったの？メールをした。
だが、返事はなく、最寄の駅に到着後電話するもでない。メール＆電話を数度するがでない。段々心配になってしまったがＡＭ２時過ぎに返事がきた。全く気づかなかったと。私は「Ｍちゃんいくつになっても女の子なんだから、これからは帰ったらメールちょうだい」とメールした。が、それに対して返事はなかった。後から考えたら、ちょっと調子に乗ってしまったと反省。彼氏でもない私からそんなことを言われたくなかったかもしれないと。ちょっとうざいと思われたかもしれない。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story62.html">続く・・・</a>
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   <title>Mちゃんと映画デート at お台場</title>
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   <published>2011-01-28T15:00:00Z</published>
   <updated>2011-12-10T04:08:45Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年１月２９日（土） ２週間振りにMちゃんと会った。 前から気になってい...</summary>
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２０１１年１月２９日（土）

２週間振りにMちゃんと会った。
前から気になっていた映画「ノルウェーの森」をお台場のシネマメディアージュで観た。

上映開始が１９時４０分と遅めの時間しかなく、夕食を取らず観ることになった。
Mちゃんはお腹は大丈夫と言いつつ、チュロスを勢い良く食べていた。

映画は面白いとは思えずなんだかよくわからない内容だった。Mちゃんも同感。内容はともあれ、Mちゃんと映画を観れたという事実だけで私は嬉しかった。春上映予定の映画が紹介がされている時に「あ、私この映画観たい」と言っていたので３月に上映したら一緒にまた行こうと思う。

映画が終盤になる頃からMちゃんのお腹から音が聞こえた。お腹が空いているようだった。私も同じく音が鳴っていたが、Mちゃんのかわいらしい音とは違った。この違いが何だか微笑ましかった。

２２時過ぎに映画は終わり、Mちゃんはトイレに行った。
私はベンチでしばらく待ち、Mちゃんが私の目の前に立った時、かかとを付け真っ直ぐ立ってもらった。やっぱり日本人には、なかなかいない綺麗な脚をしているなと改めて思った。でも体重がもう少しあった時のMちゃんの脚のほうが女性らしく、もっと素敵だったなとも思った。

アクアシティーお台場で遅くまで営業している「権八」という居酒屋へ行った。
窓際の席からはレインボーブリッジが見えとても夜景が綺麗だった。その席に座りたかったがアジアからの観光客に陣取られ座ることが出来なかった。

この日はサッカーのアジアカップ決勝があったので帰りたい気持ちもあったが、Mちゃんと会ってしまうとサッカーはどうでもよく感じてしまった。「サッカーが観たいから帰ろうかな」と言ってもMちゃんは、何も動じない。「サッカーなんて別に良いじゃん」くらいなことを言ってくれたら嬉しいなと思ったが、今の僕らの関係でそんなことを期待するほうがおかしいのかもしれない。

０時過ぎに権八を後にし、豊洲方面をドライブしそのまま羽田方面へ行き、最終的に城南島海浜公園へ行った。この公園は、Mちゃんに<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story9.html">初めて告白した公園</a>である。

僕らは車内で他愛もない会話をした。そんな会話の中で私はMちゃんと再会したかった理由と今こうしてMちゃんと会っている理由、更に今後Mちゃんとどうしたいのかを婉曲的な表現で伝えた。そんなことを言われなくてもMちゃんは私の狙いを十分わかっていると思ったが、Mちゃんに気持ちを伝えたかった。

更に私は「今でもMちゃん布団は最高だよ」と言うと、Mちゃんは「じゃー私より良い布団が現れたらどうするの？」と聞いてきた。それに対して私は「僕らは恋人同士ではないけれど、俺はこうゆう状況下では他の女性と会ったりしないから、君を超える布団は現れない」と説明した。Mちゃんは、「そう」と一言で終わった。

更に私はいつかお泊りをしたいとMちゃんに提案した。するとMちゃんは「Hしたいんでしょ？」と思ってもいない言葉が返ってきた。多少ひるんだ私は直ぐに「Mちゃん布団でゆっくり眠りたいだけ」と答えた。内心、Hもしたいとは思っていた。Mちゃんは私の提案に対して意外と肯定的に受け止めてくれているように感じた。

何だかんだで朝方近くまで車内で話しMちゃんを自宅に送って帰宅した。
<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story61.html">
続く・・・</a>

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   <title>Ｍちゃんから急なデートのお誘い at 大江戸温泉</title>
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   <published>2011-01-14T15:50:28Z</published>
   <updated>2011-04-10T15:26:55Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年１月１５日（土） 私はＭちゃんと箱根へ温泉旅行に行くつもりだったが、...</summary>
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２０１１年１月１５日（土）

私はＭちゃんと箱根へ温泉旅行に行くつもりだったが、Ｍちゃんが乗り気ではなかったので結局中止になってしまった。いろいろとプランを考えていただけにとても残念だった。

午後２時過ぎにＭちゃんから電話がきた。予想外の展開に電話に出る前から心が躍った。
普通を装い「どうしたの？」と聞くと、Ｍちゃんは「何となく」と韓国語で答えた。

何となく普通に会話が始りしばらくするとＭちゃんから「大江戸温泉に行かない？」と誘ってきた。
これも予想外の展開だった。再会も含め３回Ｍちゃんと会っているがすべて私から誘っていたのでＭちゃんからこうして誘われたことに驚き嬉しかった。私は直ぐにはＯＫをせず一旦保留にした。これは駆け引きでも何でもなく、ただ単に友人Ｈさんと横浜のマリンタワーに行くことになっていたので、一言Ｈさんに言ってからにしようと思っただけである。

Ｍちゃんと夜７時くらいに落ち合い、シャトルバスがでている東京レポート駅まで歩いて行った。しかし、シャトルバスは出たばかりだったので結局タクシーで大江戸温泉へ向かった。好きな浴衣と帯を借り、一旦Ｍちゃんと別れ大昔にタイムスリップしたかのような情緒ある江戸の町で合流した。

直ぐにお風呂かなと思いきやエクストラコールドのビールを飲みたいと言うので、ビールを飲みながら食事を先に取った。時間を気にせずおしゃべりをしていたら２２時になってしまいようやく僕らはお風呂に入ることにした。２３時に待ち合わせをしＭちゃんと別れた。

私はＭちゃんのことだから少しくらい遅れてくるだろうと思いギリギリまでお風呂を楽しみ２３時５分頃、待ち合わせ場所に行くと、すでにＭちゃんが待っていた。何だか最近私のほうが時間にルーズになってしまった感じだ。

お風呂上りにまたエクストラコールドそしてワインを飲んだ。とってもリラックスしているＭちゃんをみていたら、無性にキスをしたくなり、人前だったが軽くキスしてしまった。Ｍちゃんの良い所は、人前でも普通に受け入れてくれるところだ。
時間を見てみると既に午前１時４０分だった。２時以降別チャージがかかるし、良い時間なので僕らは帰ることにした。飲んだ場所から更衣室までの短い距離だったがＭちゃんから腕を組んできた。再会してから初めてのことだったのでとっても嬉しかった。

僕らは回りからみれば恋人にしか見えないのに実はそうではない。
一緒に居て普通に楽しいのにＭちゃんは彼女ではない。正式にお付き合いしてしまうとどうしてうまくいかないのだろうとふと考えてしまった。

大江戸温泉からＭちゃん宅までタクシーで帰り、Ｍちゃんの家にあがれることを期待していたが、Ｍちゃんはそんなに甘くはなかった。

私はお酒を飲んでいたので車で帰れないので車で寝てから帰ることにした。
Ｍちゃんもそれに付き合ってくれ、結局朝５時過ぎまで一緒に車内で過ごした。

Ｍちゃんと話していると昔ケンカしたことを言ってくることがある。きっとＭちゃんはそれがトラウマのようになっているので私と直ぐに付き合うという答えがでないのではと思った。

だから、時間をかけて焦らずＭちゃんと楽しい時間を過ごせるようにすることが一番だと思った。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story60.html">続く・・・</a>
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   <title>浅草で４年前の真意を聞いた</title>
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   <published>2011-01-09T14:45:16Z</published>
   <updated>2011-04-10T14:53:19Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年１月９日（日） 神谷バーを後にし近くの居酒屋へ移動した。 まずは生ビ...</summary>
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２０１１年１月９日（日）

神谷バーを後にし近くの居酒屋へ移動した。

まずは生ビールで乾杯し、食べれそうもない数の料理を注文してしまった。

ミラクルフルーツを持参していたのでＭちゃんと初体験。酸味のあるトマトやレモンが甘く感じて不思議だった。トマトはフルーツトマトのようでとてもおいしかった。Ｍちゃんも初めての体験でビールが「あま～い」と言っていた。

神谷バーで既に少し酔っていた私は、居酒屋で３杯くらいでおなか一杯になってしまった。Ｍちゃんは私より少し多く飲んだ。

私は酔った勢いで４年前のことを聞いた。

４年前のことと言うのは、「Ｍちゃんから連絡すると言っていたのに、なぜ自然消滅を選んだのか」ということ。私はＭちゃんの言葉を信じずっと待っていた。Ｍちゃんと最後に会ったのは２００７年４月７日（土）で、ちゃんと別れたと自覚したのは同年８月１３日（月）だった。共通の友達Ｓさんが東京へ遊びに来ていた時、ＳさんからＭちゃんの気持ちを教えてくれた。Ｓさんは私と会う前にＭちゃんと会い私のことを聞いていた。

Ｍちゃんは、自分が責められているように感じたらしく「私だけが悪いの？」と聞いてきた。Ｍちゃんは「私はあなたに責められ苦しかった。だから会いたくなかった」と更に言った。

私はＭちゃんはいくつになっても自分本位な考えしかできないんだと思った。
Ｍちゃんの立場からしたらそうだったかもしれないが、私も苦しかった。だから、Ｍちゃんには逃げるのではなく、ちゃんとけじめとして別れの連絡が欲しかった。

この点について話し合ってもしょうがないので、私は最後に現時点のＭちゃんの考えを知りたく、４年前の行動が良い事だったのか、それとも良いことではなかったのか教えて欲しいと聞いた。Ｍちゃんは、「良いことではなかった」と答えてくれたことが唯一の救いだ。もし、あの時はしょうがなかった的なことを言われていたらＭちゃんへの気持ちは一気に冷めていたかもしれない。

逆にもし反省しているかのようなことを言われていたら、４年前のように一気に気持ちがＭちゃんへ向いたかもしれない。でもある意味そうならなくて良かったと思った。私の気持ちが一気に盛り上がり、またＭちゃんへ色々なプレッシャーをかけてしまうと思うからだ。今はゆっくりＭちゃんと接していくことが良いと思った。

Ｍちゃんの４年間の男ネタも聞いてみた。Ｍちゃんは私のことを友達と言うが男ネタになると一気に歯切れが悪くなる。はっきり正直話してくれない。「この４年間私と結婚したいと思ってくれた日本人はいたが結婚したいと思う男性はいなかった」とＭちゃんは言った。Ｍちゃんは４年間に彼氏がいたことさえもはっきり言わなかった。

私は「再会した時に微妙な関係だけど遠距離恋愛をしているようなことを言ってたじゃん。」とＭちゃんに聞いた。すると私の友達Ｈさんが韓国人女性との遠距離恋愛のことを聞いてきたので、「経験もないのにアドバイスするのは変だと思いそう言った。」と私に言った。
言葉通りに受け止めれば遠距離恋愛をしている彼氏はいないことになる。しかし、Ｍちゃんは彼氏の存在をはっきり肯定も否定もしない。ロス＆ベガスは誰と言ったのかと再度聞いてみるも「誰だっていいじゃん」と答えようとしない。こんな風になるとＭちゃんは絶対正直に言わないのでこの話をするのをやめた。

まあ、本質的に大事なのはＭちゃんが私を拒否せず会ってくれるということ。
今はこのことだけで満足しないといけないんだと自分に言い聞かせた。

２１時３０分頃、居酒屋を出て銀座線で新橋駅に向かった。
提案していた箱根温泉旅行の確約をもらおうとＭちゃんに聞くがあまり乗り気じゃなかったが仮約束はしてくれた。最終的には直前の木曜日に決めようと言うことになった。

私は酔っていたせいで途中寝てしまった。起きた時には新橋駅でＭちゃんが「じゃーね」というので条件反射的に一緒に降りてしまった。

２２時前後の銀座線新橋駅構内は人がおらず、思わずＭちゃんを抱きしめキスをしてしまった。
Ｍちゃんを改札口まで送り、私は帰宅した。

もし箱根へ１泊旅行できたらお互いの心の距離が縮まるかもと思わずにはいられなかった。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story59.html">続く・・・</a>
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   <title>8年ぶりにＭちゃんと初詣 at 浅草寺</title>
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   <published>2011-01-09T08:22:01Z</published>
   <updated>2011-04-10T14:30:57Z</updated>
   
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２０１１年１月９日（日）

Ｍちゃんと３年８ヶ月ぶりに再会した時に約束していた浅草寺へ初詣に行った。
８年前の２００３年１月１２日（日）にもＭちゃんと浅草寺へ初詣に行った。再会したら同じ場所で写真を撮ったり、おみくじを引いたりしたいなと思っていた。

Ｍちゃんとは銀座線新橋駅構内で１６時に待ち合わせいたが私が１５分ほど遅れてしまった。事前にメールで知らせてはいたが、Ｍちゃんの優しい対応にほっとした。もし彼氏だったら、もし昔だったら対応が少し違ったのではとふと思った。

週末の浅草寺は、やはり混雑していた。まず最初の目当ての雷門前で記念撮影をした。写真撮影となるとＭちゃんはとてもアクティブになる。率先して「ここで撮って、あそこで撮って」といった風にだ。

手を繋ぎながら仲見世を歩き、みたらし団子やわさびのり煎餅を食べた。私は忘れていたがＭちゃんは甘酒を飲んだことを覚えていた。８年前のことでもＭちゃんも思い出の１つとしてちゃんと覚えているんだなと嬉しく思った。

仲見世を抜けるとＭちゃんは海老入りたこ焼きなるものを発見し食いついた。Ｍちゃんが食に食いつくことがあまりないので珍しいことだ。生ビールと一緒に食べられるなら買いたいと言っていたが、残念ながら缶ビールしかなかった。今でも海老類は好きなようだった。

２つ目のお目当てが一緒におみくじを引くことだった。８年前はお互い同じ番号で大吉を引いた。
今回は残念ながら私は「吉」、Ｍちゃんは２連続で「大吉」を引いた。Ｍちゃんは、大吉のおみくじと一緒に写真をパチリ。

続いて頭がよくなるようにと煙をお互いの頭にスリスリした。

最後はお参りをして浅草寺を後にした。
８年振りに浅草寺に来たが、以前より露天が多くなりお祭りのような雰囲気だった。鳩がたくさんいた印象だったが一羽も見かけなかった。

浅草寺から浅草の町を歩いているときもＭちゃんの手は私の左のポケットの中で繋がっていた。
しばらく歩いていたら、偶然行ってみたかった神谷バーを発見した。入店してみると思っていたバーとは全く違っていた。店内は年配の人達で賑わっていた。

店内で常連そうな人から「まずは席を確保したほうがいいよ」と言われＭちゃんを残し席を確保しにいった。確保した席は相席で隣に座っていた女性はかなりできあがっており、私達に絡んでくるのが面白かった。

その女性から「デート中にふらっとお店に立ち寄るなんて羨ましい。ご結婚されてるんですか？」と聞かれた。私は面倒だったので「はい、結婚してます」と答えた。いつか本当にそうなるのかなと思い、何だかとっても嬉しかった。

私はすきっ腹に生ビールとデンキブラン半分で早くも酔ってしまった。

まだまだ時間が早かったので２軒目に近くの居酒屋へ行った。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story58.html">続く・・・</a>
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   <title>Ｍちゃん、日本在住丸１０年記念 at お台場</title>
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   <published>2011-01-05T14:52:23Z</published>
   <updated>2011-04-10T14:21:07Z</updated>
   
   <summary> ２０１１年１月５日（水） 今日はＭちゃんが日本へ来てちょうど１０年。Ｍちゃんに...</summary>
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２０１１年１月５日（水）

今日はＭちゃんが日本へ来てちょうど１０年。Ｍちゃんにとっては思い入れのある日である。

Ｍちゃんはクリスマスイブからソウル経由でロス＆ベガスへ旅行に行っていた。２０１１年１月３日（月）に帰国しているはずなので旅行から帰ってきたメールでもあったら、ささやかなお祝いでもしようと提案しようかと思っていたが、私にそんなメールは来なかった（涙）

元々週末に会うことになっていたので、お祝いは止めようかと思っていたが、Ｍちゃんにとって１０年という節目を大事にしたいなという気持ちが強くなり、夜７時ごろＭちゃんへ電話した。

仕事中だったのかＭちゃんの声のトーンはやや低め。
ストレートに誘っても良かったが、私は以前Ｍちゃんがあることを言っていたことを思い出した。
それは、５日に１０周年記念パーティーでもしようかなと。その時、私も参加すると言ったら、もちろん拒否された。パーティーは開催されていないと思っていたので、私は冗談で「今日はどこでやってるの？」と唐突に聞いた。Ｍちゃんは「何のこと？」と言い、私は「１０周年パーティーのことだよ。招待してくれないから、これから飛び入りで参加しようかと思ってさ」と言った瞬間、Ｍちゃんは、声をだして笑ってくれた。

私は軽く一杯ワインで乾杯でもしようと提案した。Ｍちゃんは体調が良くなかったようで、そんなに乗り気ではなかったが、絶対無理という感じでもなかった。
Ｍちゃんが全く乗り気ではなかったらすんなり引こうと思っていたが、最後に一言Ｍちゃんに言った。
ちょうど１０年に乾杯することに大きな意味があって、１０年と１日では、その意味は全然違ってくると。するとＭちゃんも素直に同意してくれ、２１時４５分にＭちゃんの住むお台場で待ち合わせをした。

私は急いで近所のヤマダ電機に行き、体脂肪率などを計測できる体重計を日本在住１０年の節目のプレゼントとして購入した。以前から体脂肪率を計測できる体重計を欲しがっていたことは知っていた。３年８ヶ月ぶりに再会した時、新橋のヤマダ電機でＭちゃんと二人で体脂肪率を計れる体重計を見ていたので、Ｍちゃんが欲しい体重計の目星は付いていた。彼氏ではない私がプレゼントするにはちょうど良い程度の物かなと思った。

Ｍちゃんを待つこと１０分ちょっと、２２時ちょっと前にマンションから出てきた。
お台場は２２時ラストオーダーのお店が多いということだったので２２時前に待ち合わせていた。お店に着く頃には２２時を回ってしまいアクアシティーとデックスに行くがどこも閉まっていた。仕方なく、デックス東京ビーチ１ＦにあるＢｕｏｎＯ（ボーノ）というダーツバーのようなお店に入った。

早速、グラスワイン（赤）を注文し乾杯した。
まずはロスとベガスの話でもしてもらおうかなと思ったが、質問しても単発で話しが終わってしまう。心から楽しかったと思える旅行ではなかったのかなという印象だった。

昔話にもなり、１杯のはずがＭちゃんはハーフ＆ハーフを注文した。私のワインも半分くらい飲み体調が悪かったせいか酔っ払ったとしきりに言っていた。

車まで移動しやっとしっぽり話せる環境になった。
Ｍちゃんと車内で昔話をなどをしているうちに無性にＭちゃんを抱きしめたくなった。肩に手を回しＭちゃんの抵抗がないことを確認し抱きしめた。私の顔は徐々にＭちゃんの顔に近づきＭちゃんと３年９ヶ月ぶりにキスをした。Ｍちゃんはお酒に酔い、目がとろんとしていてとても可愛く見えた。

Ｍちゃんは言葉で私のことが気になるといったことは言ってくれない。でも、恋人のようにキスは受け入れてくれた。Ｍちゃんの真意はどこにあるのか掴めなかった。再会を快く思っていてくれ、少しずつ仲良くなり、その先に結婚があれば良いなとでも思ってくれたら最高のシナリオだ。事実、私はそんな風に思っているからだ。でも、現実はそこまでＭちゃんは考えていないだろうと思う。

幸い４年前のように私の心のスイッチはまだ完全にＯＮになっていないので、Ｍちゃんと少しずつ心の距離を縮められれば良いなと思った。

車内の時計をみたら２時になりそうだったので、Ｍちゃんを送り私はゆっくり一般道で帰宅した。

帰宅途中、Ｍちゃんから電話があった。車内でセッティングしておいたので直ぐに体重測定をしたようだった。Ｍちゃんから聞いた数値は３４歳とは思えないくらいどれも良い数値だった。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story57.html">８年振りの浅草寺初詣へ続く・・・</a>
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   <title>Mちゃんと３年８ヶ月ぶりに奇跡の再会 in Tokyo</title>
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   <published>2010-12-22T14:54:31Z</published>
   <updated>2011-04-10T14:09:01Z</updated>
   
   <summary> ２０１０年１２月２２日（水） いろいろな奇跡が重なり、実に２００７年４月７日（...</summary>
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２０１０年１２月２２日（水）

いろいろな奇跡が重なり、実に２００７年４月７日（土）以来となるMちゃんと３年８ヶ月ぶりに奇跡の再会を果たした。

私はこの日のためにゴールの見えないマラソンを孤独に1人歩きそして走ってきた。ゴールの見えない状況下でのマラソンは過酷だ。でも、いつか再会できると何となく思っていた。
それは、きっとＭちゃんがくれた２つの言葉がそう思わせているとずっと思っている。何度か紹介したが、Ｍちゃんは過去に「バンクーバーで出会った人はみんな特別な存在だ」「切っても切れない関係」と私にその言葉をくれた。

私はこの２つの言葉だけを信じ、いつ再会できるかはわからない中、１日が経つとそれだけＭちゃんと再会できる日が近づいたと思いながら３年８ヶ月やってきた。
ようやく、Ｍちゃんと再会ができると思うと胸がドキドキしてしまう。

Ｍちゃんとは新橋のＳＬ広場で会う約束をし、Mちゃんのマイブームという豚しゃぶを銀座で食べることになっていた。今回選んだお店は、銀座にある美肌コラーゲン鍋で有名な豚しゃぶしゃぶ春夏秋豚。Mちゃんがいつか行ってみようと思っていたお店である。

私も行ったことがなかったので一度お店の場所を確認し、新橋のＳＬ広場へ向かった。私は待ち合わせ時間ちょうどに着いたが、Ｍちゃんは少し早く着いていたようだ。

久しぶりに会ったＭちゃんは、３年８ヶ月前と変わらず綺麗なＭちゃんそのままだった。仕事帰りなのにＭちゃんはお化粧、身なりとビシッと決まっていた。（後日、再会当日は気合を入れたと言っていた）

お店ではカップルシートに座ったため、あまり顔をみて話すことができなかった。
久々に会って話しをしてみると、Ｍちゃんは緊張しているのか、とても落ち着いた感じで大人になったように感じた。一方私は落ち着きがなかったと思う。何も変わっていないのは良い意味でも悪い意味でも私だけかもとその時思った。

Ｍちゃんと何を話したのか正直あまり覚えていない。深い話はしていないと思うが、３つだけ良く覚えていることがある。それは、女性は男性に愛されたほうが幸せになる。結婚はしたいと思うが結婚のために婚活はしたくない。自然と出会い自然と好きになり自然と結婚したいと言っていた。最後に結婚相手はＭちゃん自身が薄い顔をしているので顔の濃い人が子供のことを考えたら良いかもと言っていた。

私は「俺はＭちゃんの濃い範疇に入るの？」と聞くと「うん」と答えた。

どれも私にはプラスに感じてしまった。きっと私のほうがＭちゃんを愛するだろうし、顔は濃いし、僕らは自然と昔出会い付き合った。考え過ぎかもしれないが気分は良かった。

２３時くらいにお店をでて、新橋駅まで歩いている途中、Ｍちゃんは「寒い、寒い」と何度も言っていた。実際２２日（水）は寒くはなくむしろ暖かかった。後から、抱きしめてＯＫサインだったのかなと思ったが、実際どうだったのかわからない。

新橋駅まで向かっている途中、たいやき屋があったので一緒に買って食べた。何だか普通にデート帰りのカップルにしかみえないんじゃないかと思った。

たいやきを買っている時にＭちゃんのことでよく相談に乗ってもらっている友人のＨさんから電話があった。電話に出てみると新橋にいるとＨさんは言った。冗談で２２日（水）に新橋に行くよと言っていたが本当に来るとは思わなかった。（実際は用事で来たそうだ）

私はＨさんの電話に出る前までは、Ｍちゃんをゆりかもめに乗ってＭちゃんの住むお台場まで送ることになっていた。Ｍちゃんは一度はそのことを断り２軒目に行こうよと誘って来たが、私がもう一度いうと「わかった」と素直に受入れてくれた。それなのに私はＨさんからの電話でＭちゃんに一言も断りもなくＨさんと会うことを当然の流れのように会いに行ってしまった。

ＭちゃんをＨさんに紹介するも何だかＭちゃんの態度は感じの良いものではなかった。
このことはＨさんも言っていた。Ｈさんも改まって挨拶をしなかったせいかもしれない。

挨拶はそこそこに３人で近くのバーへ行った。
Ｈさん、私、Ｍちゃんとカウンターへ座った。やはりＭちゃんの態度がおかしいなと思った。あまり会話に入ってこようとしなかったし、しまいには、iphoneをいじり始めた。

Ｈさんが韓国との遠距離恋愛に関してどう思うかとＭちゃんに質問をした。当時、Ｈさんは気持ちを寄せる女性が韓国にいたので女性としての意見をＭちゃんに求めたのである。

Ｍちゃんは、会いたい時に直ぐに会えないので近くにいる人へ気持ちが行ってしまいがちかなとＨさんへ言った。そこで私はＭちゃんへ質問をした。「遠距離恋愛したことあるの？」と。
Ｍちゃんは直ぐに答えないので、続けて私は「なんだー、いるんだー。年末のロス旅行は、その人と行くんだー」と言った。すると、Ｍちゃんは直ぐには答えなかったが、やっと「微妙」と答えた。「微妙」と一言しか言わないので、私は勝手にそれらしき人が韓国にいるのだと考えた。それから、Ｍちゃんの話に集中するとＭちゃんは「何で私の話になるの？」と軽く切れた。

私は内心、彼氏みたいな存在がいるんだと悲しくなってしまったが、こうして私と会ってくれるということは、そんなにうまくいっている関係ではないと自分に言い聞かせた。

終電の時間が迫っていたので午前０時くらいにお開きにすることにし、３人で新橋駅へ向かった。駅へ向かっている時、Ｍちゃんに男の話を振ってみると、あまり話したくない態度を取り、軽く切れ気味な感じだった。

新橋駅で一旦Ｈさんと別れ、私はＭちゃんをゆりかもめまで送った。その時、１月の最初の連休に浅草寺へ初詣に行こうと誘った。ＭちゃんはすんなりＯＫはしてくれず、しまいには「迎えに来てくれるの？」と言ってきた。私は８年前の同じ連休に浅草寺に行ったので同じ連休に行きたいとＭちゃんへ言った。すると、ＯＫしてくれた。最初からＯＫするつもりだったかもしれないが、いつもすんなりいかないのがＭちゃんらしかった。

私の終電がなくなってしまったので、Ｈさんの家へ行き今後の作戦会議をした。

午前１時過ぎＭちゃんからお礼メールが届いた。
↓↓↓
無事に着いたよ。今日ありがとうね！
ご馳走になってお土産もたくさんもらっちゃって。
気をつけて帰ってね！

もしＨさんと一緒じゃなかったら直ぐに返事をしていたと思う。
しかし、Ｈさんは返事しないほうが良いよとアドバイスをくれた。その理由は、Ｍちゃんの行動に対して、いつも私はホイホイ直ぐに反応してしまうことがＭちゃんへ変な余裕を与えてしまうからだそうだ。

何はともあれＭちゃんと３年８ヶ月ぶりに再会をすることができた。
つい数ヶ月前までは、Ｍちゃんがどこで何をしているのかさえわからなかったことを考えれば、再会できたことは本当に奇跡としかいいようがない。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story56.html">続く・・・</a>
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   <title>奇跡が起きた！</title>
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   <published>2010-12-20T18:15:40Z</published>
   <updated>2011-04-10T08:06:36Z</updated>
   
   <summary> ２０１０年９月～ Ｍちゃんへメールをする口実作りの旅行を終えて、９月１日（水）...</summary>
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      <![CDATA[
２０１０年９月～

Ｍちゃんへメールをする口実作りの旅行を終えて、９月１日（水）深夜にビデオレター付きのメールを送った。

メールの内容は、共通の友達Ｗ君の近況を中心にし、私自身の近況はほとんど書かなかった。返事をもらいやすくするために、気軽に会ってもらうために、バンクーバーにいたことのある人の集まりがあると口実を作り、Ｍちゃんを誘いました。（実際は、バンクーバーに住んだことのあるのは私の友達Ｇ君しか誘う予定はありませんでした）お土産を買ってきたということも会う口実とした。

Ｍちゃんと最後に会ってから何度かメールはしたことはあったけど、返事をもらう内容ではなかったし、別れて日が浅かったので返事は期待していなかった。だが、今回は返事をくださいとちゃんと書いた。何も根拠はないが、なぜだかＭちゃんから返事がくるように思った。

そして、奇跡は１週間後の９月７日（水）に起きた。Ｍちゃんから返事が来たのだ。差出人がＭちゃんと表示されており、とてもドキドキした。Ｍちゃんと最後に会ってから３年５ヵ月後にようやく返事が来たわけだから、ドキドキして当然だ。

どんな内容かドキドキしながら読むと、それはとてもあっさりした内容で私が期待していたものとは違った。

メール後半の内容は、

わざわざお土産を買ってくれたようだけど、今週末は用事があるので、会えません。
気持ちだけいただきます。ありがとう！
 
では、元気でね。
 
Ｍ

最後の「では、元気でね。」という言葉は日本人の私が捉える印象は、最後のメールのように思えてしまった。

でも、今までメールをくれたことなかった状況からすれば、大きく前進したように思い、まだチャンスはあると思った。

メールの返事をもらってから１週間後の９月１３日（火）、また奇跡が起きた。
私はいつものようにＭＳＮのメッセンジャーをオンラインにしていた。すると、聞き慣れないログイン音が鳴った。誰がログインしたんだと思ったらＭちゃんだった。そういえば、以前Ｍちゃんがログインした時だけ違う音が鳴るように設定していた。

Ｍちゃんがオンラインになることを確認できるということは、私を禁止メンバーから解除したということになる。これは間違えて解除できる行為ではなく、意図的に解除しないとできない行為である。メールの返事は素っ気無く、私と関わることを拒否しているかのような印象を受けたが、禁止メンバーを解除されたことで私の気もちは一気に盛り上がった。

９月１７日（金）のお昼にＭちゃんがオンラインだったので思い切って声をかけてみた。
すぐに返事はなく、１時間半くらい経ってからようやく返事をくれた。会話は特に盛り上がることはなく、数回やり取りをして終わってしまった。直ぐには私が期待した展開にはならなかった。

次ぎの一手をどうするか考えていたらあっという間に１１月になってしまった。
その間、Ｍちゃんは時々オンラインになっていた。１１月２１日（日）に思い切って声をかけてみた。最初エンジンがうまくかかっていない感じだったが、iphoneと旅行の話をしてから話が盛り上がった。

１時間半くらいチャットをしてから、私はＭちゃんに電話をしてしまった。
電話にでたＭちゃんは、私とわからなかった。一瞬悲しかったが以前番号が喪失してしまったらしく、私の番号は携帯に登録されていなかったようだ。
電話で話している時、Ｍちゃんの私に対する感じが悪くなかったので「今度、ご飯でも食べよう」と誘った。直ぐにという感じではなく、１２月中旬以降に会おうと提案した。するとＭちゃんは「うん」と小さな声だったが確かに「うん」と言ってくれた。また奇跡が起きた。結局２時間も話をした。僕らは基本的には話が合うんだなと改めて思った。

次にＭちゃんとチャットをしたのは１２月３日（金）。
お昼過ぎにオンラインだったので声をかけてみた。Ｍちゃんは代休で家にいた。
この日は、自分でも驚いたが５時間もチャットをした。きっとＭちゃんも驚いていたと思う。電話でも話せたし、５時間もチャットに付き合ってくれ、何だか急に良い感じになってきた。

<a href="http://www.love-korea.info/minjung/story55.html">奇跡の再会へと続く・・・</a>
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